東京高等裁判所 昭和26年(ネ)624号 判決
控訴代理人は「原判決中、控訴人勝訴の部分を除きその余を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において、
(一) 本件貸借については弁済期は昭和二十五年四月五日と定められていたが、抵当物件に変状を来たしたときは借主は直ちにその抵当物件の減価額を填補すべく、若し借主がこれに応じない場合には、期限の利益を喪い借主は直ちに借入金を弁済する旨の特約があつたところ、昭和二十三年十一月抵当建物が取壊されたので、被控訴人は借主たる井上一忠にこれが減価額の填補を求めたが同人はこれを拒絶したため、借主は期限の利益を喪い直ちに右貸付元利金を弁済すべき責を負うに至つたものである。(二) 原判決事実摘示(記録第一〇四丁裏第八行目)に「昭和二十三年十一月二十八日」と記載されているのを「昭和二十三年十一月十八日」と訂正すると述べ、控訴代理人において、被控訴人が無尽業を営む会社であること並びに被控訴人と井上一忠との間に被控訴人主張の如き消費貸借契約の成立したことは認めるが、該貸借について被控訴人主張の如き抵当権の設定があつたことは知らないと述べた外原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
<立証省略>
三、理 由
被控訴人は無尽業を営むものであるが、昭和二十二年三月三十一日訴外井上一忠に対して、金十万円を利息は元金百円につき日歩金二銭、弁済期は昭和二十五年四月五日と定めて貸渡した事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一、二号証、原審証人中原三郎の証言によると、右井上一忠は前示貸借上の債務を担保するため、借受当日同人所有の別紙目録<省略>記載の建物について、被控訴人のため抵当権を設定し、昭和二十二年五月七日浦和司法事務局本庄出張所受附第五三一号を以て第一順位の抵当権設定登記を了した事実を認めることができる。
而して控訴人が本件建物を買受けその所有者となつたことは控訴人の認めるところであつて、該事実を前掲甲第二号証に照し考えると、右井上一忠は昭和二十二年九月十五日前記建物を訴外本庄信用組合に売渡し、次いで同組合は昭和二十三年五月四日右建物を控訴人に売却し、夫々その所有権移転登記を経て、控訴人が本件建物の所有権を取得した事実を認めることができる。
よつて被控訴人主張の如く、控訴人は右抵当権の存在することを知りながら、訴外岩田徳次郎と共謀の上、前記建物を不法に取毀ち以て被控訴人の抵当権を侵害したものであるかどうかを調査するに、前記建物の内、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建坪十六坪五合(及びこれに附加して一体となした木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建坪六坪並びに木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建坪一坪五合)を除くその他の建物が昭和二十三年十一月に取毀された事実は当事者間に争いがなく、その取毀の経緯については、成立に争いのない甲第二、三号証、同第七号証、原審証人丸山環の証言によつて成立を認め得る甲第四号証、原審証人須藤希恵、岩田徳次郎、堀口晃、新井幾次郎、中原三郎、丸山環、南谷潔の各証言(但し叙上各証言中、後記認定に牴触する部分を省く)を併せ考えると、控訴人は本件建物について前述の如き抵当権が設定されていることを知つておりながらこれを告げないで、昭和二十三年九月下旬訴外堀口晃に前記建物の内、倉庫一棟を、又同年九月二十六日頃訴外岩田徳次郎にその余の建物を夫々売渡したところ、堀口晃は同年十一月初旬右倉庫を、又岩田徳次郎は同年十一月十六日頃から同月二十日頃までの間に前記残存建物以外の建物を取毀したものである事実並びに堀口晃は右倉庫を取毀すに当つて予め控訴人にこれを通じその諒解を得たものであり、又岩田徳次郎も控訴人から、前記建物を取毀してもよいとの約定にて同建物を買受けたものであつて、その取毀に当つては控訴人において職人を斡旋し、しかも取毀には控訴人も立会つたことのある事実が認められる。右認定に反する原審証人岩田徳次郎、堀口晃、坂本福松、鶴巻源吾の各証言は措信し難く、他に該認定を左右するに足る証拠はない。
叙上認定の事実から考えると、本件抵当権の目的なる建物が前述の如く取毀されたことによつて、被控訴人の有する抵当権がその限度において消滅に帰せしめられた結果、右抵当権が侵害されたものであることは固より明かであつて、かつ右建物の取毀自体は前記堀口晃又は岩田徳次郎によつて行われたものであるとはいえ、控訴人は右建物が本件抵当権の目的となつていることを知りながら、その事実を告げないで同建物を右堀口晃及び岩田徳次郎に売渡し、同人等が右建物を取毀すについては予め諒解を与え、その際右建物に抵当権が設定されていることを同人等に告知してこれが取毀を阻止する処置に出でることなく、殊に岩田徳次郎に売渡すに際しては、右建物が取毀されることについて予め承諾を与えていたものであつて、しかもその取毀に当つては職人を斡旋し、これに立会つたこともある点からみると、控訴人は前記建物が本件抵当権の目的となつているものであつて、右建物の取毀により前記抵当権が害されることを知りながら、右建物の取毀に加功協力したものに外ならないから、右抵当権の侵害について、不法行為の責を免れないものである。
よつて進んでその損害の発生について按ずるに、本件抵当権によつて担保されている前記金十万円の貸金は昭和二十五年四月五日が弁済期となつていたが、前掲甲第一号証、原審証人中原三郎の証言によつて成立を認める同第五号証、原審証人中原三郎の証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると、前記貸借に当つては、抵当物件に変状を来たしたときは借主たる井上一忠は直ちにその変状による抵当物件の減価額を填補すべく、若し借主がこれに応じない場合には期限の利益を喪い借主は直ちに借入金を弁済する旨の特約があつたところ、昭和二十三年十一月前述の如く抵当物件たる建物が取毀されたので、被控訴人は借主井上一忠に対し抵当物件の減価額の填補を要求したが、同人は同年十一月三十日これを拒絶したため、井上一忠は前記特約の趣旨に従い期限の利益を喪い直ちに右借入元金十万円並びにこれに対する貸付日たる昭和二十二年三月三十一日以降完済までの日歩二銭の割合による利息損害金の支払をなすべき義務が発生したものであることが認められる。しかるところ前掲甲第一、二号証、同第五号証、原審証人南谷潔、中原三郎の各証言、原審における鑑定人加島貫一郎の鑑定の結果を綜合すると、本件抵当権の目的たる別紙目録記載の建物は、被控訴人が右井上一忠に貸付けた金十万円の元利金全部に対する担保として十分であつたこと、並びに井上一忠は前記建物の取毀された当時は勿論現在においても他に資産なく、本件建物を外にしては、右借受元利金を支払う資力のないことが明かであるところ、原審における鑑定人加島貫一郎並びに同長谷川賢治の各鑑定の結果を弁論の全趣旨に照し併せて考えると、抵当権の目的として残存せる前記建物の叙上昭和二十三年十一月当時における価額は金四万円に相当するものと認定することが妥当であるから、結局被控訴人の有する本件抵当債権は、金四万円の価格を有する前記残存抵当物件によつて担保される外は、他に債務者井上一忠からその弁済を受け得る途を失つたものといわなければならない。
従つて被控訴人の有する貸金元金十万円並びにこれに対する貸付日たる昭和二十二年三月三十一日以降完済に至るまでの元金百円に対する日歩二銭の割合による利息損害金の債権に対し、その弁済の担保として残存せる建物の価格に相当する金四万円を控訴した残額は畢竟控訴人の叙上不法行為によつて担保物を喪失せしめたことに基因して、被控訴人の被つた損害に外ならないものというべきである。
しからば控訴人は、前叙不法行為による損害の賠償として、被控訴人に対し本件貸金の内、金六万円の外、貸付元金十万円に対する昭和二十二年三月三十一日以降右金六万円の支払あるに至るまで日歩二銭の割合による利息損害金に相当する金員を支払うべき義務があるものとする。
従つてこれと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条に則り主文の通り判決する。
(裁判官 渡辺葆 浜田潔夫 山田要治)